日本駆け込み寺ご紹介

玄 秀盛 プロフィール

1956 年、大阪市西成区生まれ。在日韓国人として生をうけ、“4 人の母”と“4 人の父”のもとを転々として育つ。中学卒業後、自動車修理工を皮切りに、すし職人、トラック運転手、葬儀屋、キャバレーの店長など28の業種に及ぶ職業を経験した後、建設、不動産、金融、調査業など10 社あまりを起業する。また、33歳で天台宗酒井大阿闍梨のもとで得度するなど、特異な人生をくぐりぬけてきた。2000 年の献血の際、白血病を引き起こすウイルス保菌者であることが判明したのを機にそれまでの人生と決別。
自身の「生きた証」を残すため2002 年5 月、NPO法人日本ソーシャル・マイノリティ協会を設立。470日あまりは24時間体制で相談窓口を開設した。それ以来、3万人以上の人々の悩みの救済を行ってきた。
2011年7月一般社団法人日本駆け込み寺を設立。2012 年11月公益社団法人格を取得。「たった一人のあなたを救う」をモットーに、DV、家庭内暴力、金銭トラブル、いじめ、ひきこもり等、いかなる問題であろうと分け隔てなく、悩み苦しむ人々は何人でも受け入れるという姿勢のもと活動を続けている。2012年日本国籍を取得。また、2014 年4 月には一般社団法人再チャレンジ支援機構(代表理事 堀田力氏)を設立し、社会復帰が困難な刑務所出所者等の支援を行なっている。

公益社団法人 日本駆け込み寺

現在の日本社会では、DV、家庭内暴力、多重債務、自殺願望、ひきこもり、刑務所出所後の受け入れ先など、様々な問題に苦しんでいる人がたくさんいます。

もちろん、それぞれの問題に相談窓口はありますが「困りごとの救急総合病院」ともいうべき相談所はほぼありません。

窓口のわからない方への対応、「DVと借金」というふうに困りごとが重なっている方への対応をする場は少ないでしょう。また、家庭内の問題は、民事不介入によって、事件にならない限り公的機関がなかなか介入できません。

 「困りごとの救急総合病院」として、玄秀盛を代表とするNPO法人 新宿歌舞伎町駆け込み寺(旧名称・NPO法人 日本ソーシャルマイノリティ協会)は、歌舞伎町で9年間にわたり、ひとびとの悩みを傾聴してきました。

被害者であろうと加害者であろうと分け隔てなく、苦しむ人々はどんな方でも受け入れるという姿勢のもと、対話による救済活動を行ってきました。

 北海道や九州、沖縄などからも苦悩を抱えた相談者が駆け込んで来ることから、全国の繁華街で直接面談する活動を展開したいと考え、2011年7月7日、日本財団の協力のもと、一般社団法人日本駆け込み寺を設立することになりました。そして、2012年11月1日、さらに広くひとびとを利することのできる、公益社団法人格を取得することができました(NPO法人・一般社団法人としては活動を停止しました)。

 「たった一人を救う」をモットーに、目の前の相談者の内なる「自立」の力を引き出す活動に全力で取り組んでまいります。そして、この活動を全国に広げ、一人でも多くの人が幸福を実感できる社会の実現に向け、日本駆け込み寺は全力で邁進する所存です。

 

日本駆け込み寺ホームページ